2011年 12月 01日
ねじ工房ヒストリー
「ねじ」を作っている彼はシングルファーザーだ。
だから炊事・洗濯・子育てと家事に仕事に毎日毎日バタバタしながら、仕事があるのは有難いことですと、油まみれになって古い機械とひとりで格闘している。
そんな頑張っている彼が、私に指輪をくれると言ってくれた。とても嬉しかった。でも正直言って、私はその辺に売っているような指輪は嫌だったので、これなんかどう?と彼が選んだ指輪たちは、ことごとくご遠慮申し上げた。
なぜなら私は、彼が作っている「ねじ」を使った指輪が欲しかったのである。
この世で私しか持っていない指輪である。しかし、そんなものはどこにも無い。無ければ自分で作ってしまえ!と思って、彼に「ねじ」だけ頂戴と頼んだ。
ねじは売るほどあるからいくらでもあげるけど、何するの?と聞かれたので、ねじを使った指輪を作ってみようと思うと話した。シルバークレイとか、彫金とかでなんとかならないかなと思って、と私は言った。例えばこういう形で、こんな風にねじを埋め込んでと言うと、彼はSkypeの向こうで少し考えてから、それなら加工屋さんでできると思うよ。素材はシルバーじゃなきゃだめ?ステンレスとかは?幅はどの位?あー、でも厚みは2ミリ以上ないと雌ねじが切れないけどどう?厚すぎるかな?普通はどのくらい?穴は何個あける?プラスねじ?マイナスねじ?頭の大きさは?それにねじの種類は?ほら、素材によって色が違うから。と矢継ぎ早に質問が飛んできた。
いやいや、そんなまだ具体的に決っているわけじゃなく、まぁなんというかモノは試しで、とりあえずやってみようかと思っているだけで・・・素人だし・・・。と、私はしどろもどろになってしまった。
それでも、じゃあ一緒に作ってみようとなり、彼と何回もああでもないこうでもないと打合せを重ね、なんとかアウトラインができた。
本体はステンレス素材で、指輪の太さは3mm。厚さは2mm。穴は8個にした。主役のねじは真鍮のナベ頭0番1種。ステンレスの銀色に真鍮の色が映えると思ったからだ。真鍮のマイナスねじはあまり出回ってないから面白いと思うという彼の意見と、パッと見てねじとわかる形状でなければという私の意見とで、プラスとマイナスを交互にいれることにした。
指輪の話がでてから3ヶ月程経った頃、指輪が出来上がったよ。と彼からメールがきた。丁度その頃、私は勤めていた会社を辞めることを決め、理由を「結婚(再婚)」とした。ただしその理由はまったくの出鱈目で、本当はただの転職である。再婚が理由だと、結婚(一度目)より会社側は引き止めにくいという先輩の入れ知恵だ。そういう事もあり、指輪は格好の証拠にもなった。私は上司に出来上がった指輪を見せびらかしにいった。
上司は、ふーん、でもこれ指輪じゃないでしょ。ひき目があるから金属加工屋にでも頼んだの?と冷たく言った。指輪じゃないなんて、なんて失礼な人だと頭に来たが、私は負けじと指輪に締め込まれた「ねじ」を指差しながら、彼はこのねじを作ってるんです。これ、私のためにわざわざ作ってくれたんですよ。超特注品ですよ。愛がなければそんなわざわざ作りませんよ。と、離婚秒読み寸前の上司の前で惚気きった。
実のところ、私だけのために一個だけ指輪を作るというのが不可能だったようで、彼は仲間内に頼んで10個という、それでも無理な極小ロットの発注をしたそうだ。だから彼が、申し訳ないけど残りを売りたいと言うので、本来ならばそれは唯一無二のもののはずであったが、私はそんな事まったく問題ないし気にしないよと懐の大きいところを見せた。ただそれより、正直言って売れるかどうかが心配だった。
しかし、そんな心配も無用だった。
指輪を売るためもあり、とあるイベントに私と彼で参加することになった。右も左もわからず出展し、それでもその時は3個も売れた。売る自信が全くなかったので、売れたことに私たちは本当に驚いた。決して安い値段ではないのに、面白いといって買っていってくれた人がいたのである。
出展の回数を重ねるごとに「『ねじ』好きなんです」、「ねじって格好いいですよね」という人が集まるようになってきた。もちろん見向きもしない人もいるが、それよりも「ねじ好き」がいるのが嬉しかったし、面白かった。
そんな中、ひとりの若い女性が立ち止まってじっと見ていてくれた。声をかけると、「実は、実家で同じようなねじを作っていたんですけど、この不況もあって、この間工場を畳んだんです。だからなんか見入っちゃって」と話してくれた。とても身につまされる話だった。その彼女も「記念に買っていきます」といって指輪をひとつ買っていってくれた。
彼の工場も、ぎりぎりの線で経営をしている。彼自身もまた、工場を大きくすることは考えていないし、親の代から使っている機械を修理しながらだましだまし使って自分の代で終わらせるつもりと言っていた。世の中の経済状況や、段々使われなくなってきている「ねじ」という部品自体のことを考えると、素人の私でも今後の「ねじ」の見通しは明るくないだろうと簡単に推測できる。それに、海外で作られる安価なねじが出回るのも世の中の流れである。だから彼がそうすることも、残念だが止むを得ないのだろうと思うのである。
でも「ねじ」は、モノづくりの一端を担う絶対に必要なものであると思う。目立つものでもなく、何気なく使われている部品であり、なおかつデザイン的にみてもシンプルで、変えようもない。しかし、その機能や形に惹かれている人たちが、とても多くいるのである。その証拠に、イベントの回を重ねるたびに売り上げは伸びている。「ねじ」いいですよねと足しげく通ってくれるお客様もできた。こういう感じのはできないんですか?とかアイデアを出してくれるお客様もいるし、単純に「ねじ」を面白がってくれる人たちもいる。「ねじ」を好きな人って、いるところにはいるんだねと毎回私たちは感動する。
前回の時は、以前ペアで指輪を買ってくれたお客様が、「この指輪、気に入って本当に二人の婚約指輪にしたんです。でもずっと着けていたら、ねじがボロボロになってきちゃって」と持ってきてくれた。確かに、真鍮のねじは錆びてボロボロになっていた。私は嬉しくて「今度は大丈夫です。ずっとつけていても錆びにくいですから」と、新しくステンレスのねじを締めなおした。「それにねじはMade In『うち』ですから、長期保証しますよ」と私は笑って手渡した。相手も自分も本当にいつまでも続くことを祈りながら。
だから炊事・洗濯・子育てと家事に仕事に毎日毎日バタバタしながら、仕事があるのは有難いことですと、油まみれになって古い機械とひとりで格闘している。
そんな頑張っている彼が、私に指輪をくれると言ってくれた。とても嬉しかった。でも正直言って、私はその辺に売っているような指輪は嫌だったので、これなんかどう?と彼が選んだ指輪たちは、ことごとくご遠慮申し上げた。
なぜなら私は、彼が作っている「ねじ」を使った指輪が欲しかったのである。
この世で私しか持っていない指輪である。しかし、そんなものはどこにも無い。無ければ自分で作ってしまえ!と思って、彼に「ねじ」だけ頂戴と頼んだ。
ねじは売るほどあるからいくらでもあげるけど、何するの?と聞かれたので、ねじを使った指輪を作ってみようと思うと話した。シルバークレイとか、彫金とかでなんとかならないかなと思って、と私は言った。例えばこういう形で、こんな風にねじを埋め込んでと言うと、彼はSkypeの向こうで少し考えてから、それなら加工屋さんでできると思うよ。素材はシルバーじゃなきゃだめ?ステンレスとかは?幅はどの位?あー、でも厚みは2ミリ以上ないと雌ねじが切れないけどどう?厚すぎるかな?普通はどのくらい?穴は何個あける?プラスねじ?マイナスねじ?頭の大きさは?それにねじの種類は?ほら、素材によって色が違うから。と矢継ぎ早に質問が飛んできた。
いやいや、そんなまだ具体的に決っているわけじゃなく、まぁなんというかモノは試しで、とりあえずやってみようかと思っているだけで・・・素人だし・・・。と、私はしどろもどろになってしまった。
それでも、じゃあ一緒に作ってみようとなり、彼と何回もああでもないこうでもないと打合せを重ね、なんとかアウトラインができた。
本体はステンレス素材で、指輪の太さは3mm。厚さは2mm。穴は8個にした。主役のねじは真鍮のナベ頭0番1種。ステンレスの銀色に真鍮の色が映えると思ったからだ。真鍮のマイナスねじはあまり出回ってないから面白いと思うという彼の意見と、パッと見てねじとわかる形状でなければという私の意見とで、プラスとマイナスを交互にいれることにした。
指輪の話がでてから3ヶ月程経った頃、指輪が出来上がったよ。と彼からメールがきた。丁度その頃、私は勤めていた会社を辞めることを決め、理由を「結婚(再婚)」とした。ただしその理由はまったくの出鱈目で、本当はただの転職である。再婚が理由だと、結婚(一度目)より会社側は引き止めにくいという先輩の入れ知恵だ。そういう事もあり、指輪は格好の証拠にもなった。私は上司に出来上がった指輪を見せびらかしにいった。
上司は、ふーん、でもこれ指輪じゃないでしょ。ひき目があるから金属加工屋にでも頼んだの?と冷たく言った。指輪じゃないなんて、なんて失礼な人だと頭に来たが、私は負けじと指輪に締め込まれた「ねじ」を指差しながら、彼はこのねじを作ってるんです。これ、私のためにわざわざ作ってくれたんですよ。超特注品ですよ。愛がなければそんなわざわざ作りませんよ。と、離婚秒読み寸前の上司の前で惚気きった。
実のところ、私だけのために一個だけ指輪を作るというのが不可能だったようで、彼は仲間内に頼んで10個という、それでも無理な極小ロットの発注をしたそうだ。だから彼が、申し訳ないけど残りを売りたいと言うので、本来ならばそれは唯一無二のもののはずであったが、私はそんな事まったく問題ないし気にしないよと懐の大きいところを見せた。ただそれより、正直言って売れるかどうかが心配だった。
しかし、そんな心配も無用だった。
指輪を売るためもあり、とあるイベントに私と彼で参加することになった。右も左もわからず出展し、それでもその時は3個も売れた。売る自信が全くなかったので、売れたことに私たちは本当に驚いた。決して安い値段ではないのに、面白いといって買っていってくれた人がいたのである。
出展の回数を重ねるごとに「『ねじ』好きなんです」、「ねじって格好いいですよね」という人が集まるようになってきた。もちろん見向きもしない人もいるが、それよりも「ねじ好き」がいるのが嬉しかったし、面白かった。
そんな中、ひとりの若い女性が立ち止まってじっと見ていてくれた。声をかけると、「実は、実家で同じようなねじを作っていたんですけど、この不況もあって、この間工場を畳んだんです。だからなんか見入っちゃって」と話してくれた。とても身につまされる話だった。その彼女も「記念に買っていきます」といって指輪をひとつ買っていってくれた。
彼の工場も、ぎりぎりの線で経営をしている。彼自身もまた、工場を大きくすることは考えていないし、親の代から使っている機械を修理しながらだましだまし使って自分の代で終わらせるつもりと言っていた。世の中の経済状況や、段々使われなくなってきている「ねじ」という部品自体のことを考えると、素人の私でも今後の「ねじ」の見通しは明るくないだろうと簡単に推測できる。それに、海外で作られる安価なねじが出回るのも世の中の流れである。だから彼がそうすることも、残念だが止むを得ないのだろうと思うのである。
でも「ねじ」は、モノづくりの一端を担う絶対に必要なものであると思う。目立つものでもなく、何気なく使われている部品であり、なおかつデザイン的にみてもシンプルで、変えようもない。しかし、その機能や形に惹かれている人たちが、とても多くいるのである。その証拠に、イベントの回を重ねるたびに売り上げは伸びている。「ねじ」いいですよねと足しげく通ってくれるお客様もできた。こういう感じのはできないんですか?とかアイデアを出してくれるお客様もいるし、単純に「ねじ」を面白がってくれる人たちもいる。「ねじ」を好きな人って、いるところにはいるんだねと毎回私たちは感動する。
前回の時は、以前ペアで指輪を買ってくれたお客様が、「この指輪、気に入って本当に二人の婚約指輪にしたんです。でもずっと着けていたら、ねじがボロボロになってきちゃって」と持ってきてくれた。確かに、真鍮のねじは錆びてボロボロになっていた。私は嬉しくて「今度は大丈夫です。ずっとつけていても錆びにくいですから」と、新しくステンレスのねじを締めなおした。「それにねじはMade In『うち』ですから、長期保証しますよ」と私は笑って手渡した。相手も自分も本当にいつまでも続くことを祈りながら。
by neji-koubou
| 2011-12-01 23:20
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